【コラム】「必要に応じて」は必要か?!

連載 第17回 2014年1月6日(月)

マイクロメイツでは業務システムの操作説明書、ソフトウェアの取扱説明書、業務マニュアルなど多様なマニュアルを作成しています。ときどきある言葉を巡って、お客様と議論になることがあります。それは「必要に応じて」あるいは「状況に応じて」。入力内容や業務プロセスにおいてよく登場するこの言葉は、なぜ議論になるのでしょうか。

「必要に応じて」という言葉はシステム操作の入力項目の説明の際に、必須項目以外に文字通り「必要に応じて」入力する内容を指す場合に使用します。また、業務マニュアルの業務プロセスにおいて、通常プロセスに加えてイレギュラーな作業が発生する場合にも、「必要に応じて〇〇〇をします」といったように使用することがよくあります。もうおわかりのようにこの言葉はとても便利で、「必要に応じて」と表現しておけば、あとはユーザー(操作者)に判断をゆだねることができるからです。正直に言えば、マニュアルを作成する(言葉として明記する役割を担う)わたしたちとしては、時としてその曖昧な便利さに負けて(?!)使用することがあります。ただし、一方では操作あるいは業務プロセスにおける融通性とユーザーの判断を尊重した表現として、「必要に応じて」をあえて使用する場合もあります。

この言葉で議論となるのは、お客様によってその曖昧性(融通性)を許容しない場合です。「必要に応じてではなく、どのような必要性が想定できるかをマニュアルにはしっかり明記してほしい」というお客様が時々いらっしゃいます。そのような場合は、改めて情報をいただくかヒアリングをして、マニュアルに明記できるようにします。ただ困るのは、システムの要件が明確になっていない、また業務プロセスがあいまいな場合です。わたしたちとしては情報さえはっきり示してもらえれば、それを言葉で定着させることができるですが。そんなときはある程度議論した段階で、「『必要に応じて』『状況に応じて』という言葉は使用しないでマニュアルを進めましょう」とわたしたちから提案をさせていただきます。明記できる情報の範囲でマニュアルを作成すれば、そこに齟齬は生まれないからです。

 

ところで、脳科学者として著名な茂木健一郎氏は、脳が喜ぶこととして「偶有性」を挙げています。

脳に快感(喜び)を感じさせてくれるドーパミン(脳内麻薬性物質)の存在は知られていますが、「偶有性」は半ば規則的、半ば偶然に起こるできごと。人は物事の展開がすべてわかっていると退屈になり、逆に展開がまったくわからなければ不安になる。半分はわかっていて半分わからないくらいが、脳にとって(人間にとって)もっともワクワクする状態なのでしょうか。

その実例を茂木健一郎氏はテレビドラマの「水戸黄門」で説明しています。

「ドラマ『水戸黄門』を思い出してください。ストーリーは毎回少しずつ異なりますが、最後に印籠が出るという展開は定型です。印籠は『規則性』、ストーリーは『偶有性』に当たるので、この2つの要素をうまく混ぜたドラマとして、『水戸黄門』はアディクション(中毒性)を引き起こすことができている。毎回同じストーリーでは飽きられてしまいますが、ディテールの変化が脳にとって心地よい偶有性となり、ドラマとして成功しているわけです」(「欲望解剖」茂木健一郎・田中洋著 幻冬舎刊より)

 

マニュアルはテレビドラマではありませんので、同列に語ることには無理があることはわかっています。ただ、操作方法や業務プロセスの規則性を明確にし、業務品質を常に一定上に保つことを目的としたマニュアルであっても、ときには「必要に応じて」とユーザーに投げかける言葉があると、そこにユーザーの脳に何かしらのワクワクした状態をもたらすのでは、と考えるのは不謹慎でしょうか。

お客様によっては、「『必要に応じて』と書いておいてください。まだはっきりしていないし、運用で工夫する余地があったほうがやりやすいので」と言ってくださる方もいます。会社の組織風土や個人の職種、立場によっても異なると思います。わたしたちも、わざと「必要に応じて」と書いておいてお客様の反応を伺い、その後のマニュアル記述の方向を探ることもあります(ちょっといやらしいですが)。

いずれにしても正解はありません。『状況に応じて』求められるマニュアルを作成・提供するのがわたしたちの役目だと思っています。実はわたしたちの脳こそ、「規則性」と「偶有性」のバランスされた快感(マニュアル)の中毒者なのかもしれません。